Pioneer EXCLUSIVE F3

Pioneer EXCLUSIVE F3 が到着

2022年4月1日、東京都八王子市の A さんより Pioneer EXCLUSIVE F3 の修理依頼品が到着しました。

25万円もする超高級 FM 専用チューナ です。

このチューナはバリコン式ですが クリスタルロック で水晶発振器の精度に同調するという珍しい方式です。



程度&動作チェック

  1. 修理依頼者からのコメント

  2. 外観

  3. 入手した状態のまま電源 ON してチェックしました



カバーを開けてみました

  1. 超高級機にふさわしく、作りは素晴らしく良いです。

     



     

  2. 以下の IC を使用して合理化が図られています。

    基板 メーカ IC 機能 備考
    IF HITACHI HA1201 FM IF Amplifier  
    Pioneer HA1137 FM IF System  
    MPX MITSUBISHI M5109P Dual Differential Amplifier  
    Pioneer PA1176 FM Stereo Demodulator HA1156W と同じと思う
    TOSHIBA TA7504S Single Operational Amplifier  
    DET HITACHI HA1201 FM IF Amplifier  
    MITSUBISHI M5109P Dual Differential Amplifier  
    APC MITSUBISHI M53200P Quadruple 2-Input Positive Nand Gates SN7400 と同じ
    M53273P Dual J-K Flip-Flops SN7473 と同じ
    M53293P 4-Bit Binary Counters SN7493 と同じ
    M5S003P Quadruple 2-Input Positive-Nand Gates
    with Open-Collector Outputs
    SN74S03 と同じ

  3. フロントエンド (FE)

  4. APC 部

  5. IF 部

  6. 検波部 (DET)

  7. MPX 部

  8. その他



各基板間の接続図

  1. EXCLUSIVE F3 のサービスマニュアルや回路図が電網上にない!

  2. そこで基板間の配線を調べて参考にする方法にします



APC の動作原理

  1. APC (Automatic Phase Control) とはクリスタルロックのことです。

  2. 以下の回路図は Pioneer F-26 の APC ユニットですが、基本的には F3 も同じです。 回路もほぼ同じようです。

    1. OSC 発振周波数は Q1 に取り込まれます。

    2. Q2, Q3, Q4 で 100kHz サンプリングします。

    3. R14, R15, R16, C8, C9 で LPF を構成します。

    4. Q5, Q6 で DC 出力化して、この電圧を OSC バリキャップダイオードに帰還します。

    5. 1〜4 を繰り返し周波数ロック(クリスタルロック)します。


  3. F3 と F-26 の APC ユニットの違い



リペア

  1. チューニングノブを回すとグーグーという摩擦音が出ることがある

  2. 電源コードが途中で切断され、長いコード (2.2m) が継ぎ足されている

  3. 清掃



調整

写真の FM/AM 標準信号発生器 Panasonic VP-8175A (以下 SSG)、 FM Stereo 信号発生器 MEGURO MSG-2170、 周波数カウンタ ADVANTEST TR5822 を使って調整します。 10年も経つとコイルやトリマはズレます。

  

  1. 調整ポイント



    基板 種別 調整ポイント 調整内容
    フロントエンド L L101
    L102
    L103
    L104
    L105
    L106
    RF トラッキング
    TC TC101
    TC102
    TC103
    TC104
    TC105
    TC106
    L L107 OSC トラッキング
    TC TC107
    IFT IFT101 IF
    APC L L201 OSC 周波数増幅の前段
    L202
    VR VR201 100kHz サンプリングクロックレベル
    VR202 DC バランス
    VR203 OSC 取込アンプのゲイン調整
    TC TC201 6.4MHz ベース周波数微調整
    IF IFT IFT301 WIDE 専用
    IFT302
    IFT303
    IFT304
    IFT305
    IFT306
    WIDE/NARROW 共通
    IFT307 同調点検出の前段
    IFT308 同調点検出
    DET IFT IFT401 PBLD 検波前段
    VR DVR1 PBLD 検波 NULL
    DVR2 S メータレベル
    DVR3 MUTING レベル
    MPX L L501
    L502
    アンチバーディフィルタ
    VR MVR1 19kHz パイロット
    MVR2 WIDE セパレーション
    MVR3 NARROW セパレーション
    MVR4
    MVR5
    パイロット信号キャンセル (R)
    MVR6
    MVR7
    パイロット信号キャンセル (L)
    MVR8
    MVR9
    パイロット信号キャンセル (mono)
    (stereo 受信時に mono にした時)
    MVR10 PEAK LEVEL METER ゲイン
    MVR11 PEAK LEVEL METER フル
    MVR12 LOCK IN 中点設定 (AFC 中点電圧)
    SW VR VR601 MUTING レベル幅
    PS VR VR701 +13V 電圧調整
    VR702 -13V 電圧調整

  2. テストポイント (TP)

    No. 基板 TP 接続先 内容 備考
    1 APC T3 T3〜GND 間 Beat 出力 オシロスコープで観測
    2 T8 T8〜GND 間 AFC 出力電圧 バリキャップ印加電圧
    3 TP10 TP10〜GND 間 6.4MHz ベース周波数出力 6.4MHz±100Hz
    4 IF T2〜T3 T2〜T3 間 同調点電圧 0±20mV
    5 DET TP401 TP401〜GND 間 PBLD 検波 NULL 0±5mV
    6 T21〜T18 T21〜T18 間 S メータ 受信レベル
    7 MPX TP1 TP1〜GND 間 パイロット信号 19kHz

  3. 電圧チェックポイント (VP)

    VP 標準電圧 実測電圧 判定 備考
    T22 +13V +12.95V FE, APC, IF, DET, MPX
    T17 -13V -12.95V APC, DET, MPX
    T14 +5V +4.86V APC, MPX

  4. FM 受信部の調整

    手順 SSG出力 F3 の設定 調整箇所 TP 及び調整値 備考
    1 - IF : WIDE
    MUTING : OFF
    MONO : OFF
    NOISE FILTER : OFF
    - -  
    2 83MHz
    90dB
    mono 1kHz
    83MHz 受信 APC
    TC201
    APC
    TP10 = 6.4MHz±100Hz
    APC ベース周波数微調整
    3 APC
    VR203
    APC
    T3〜GND 間 = 1.5Vp-p
    オシロスコープで観測
    APC ゲイン調整
    4 APC
    VR201
    APC
    VR201 を
    反時計回りに回し切る
    APC 機能を抑止
    5 APC
    VR202
    APC
    T8〜GND 間 = 7.20V±30mV
    APC DC バランス調整
    6 MPX
    MVR12
    [LOCK IN] = 点灯 [LOCK IN] ランプ点灯調整
    7 76MHz
    40dB
    mono 1kHz
    76MHz 受信 FE
    L107
    S メータ = 最大 OSC トラッキング調整
    ダイヤル指針とダイヤル周波数を
    合わせるのが目的
    8 90MHz
    40dB
    mono 1kHz
    90MHz 受信 FE
    TC107
    9 手順7と8を数回繰り返す
    10 76MHz
    40dB
    mono 1kHz
    76MHz 受信 FE
    L101
    L102
    L103
    L104
    L105
    L106
    S メータ = 最大 RF トラッキング調整
    11 90MHz
    40dB
    mono 1kHz
    90MHz 受信 FE
    TC101
    TC102
    TC103
    TC104
    TC105
    TC106
    12 手順10と11を数回繰り返す
    13 83MHz
    40dB
    mono 1kHz
    83MHz 受信 FE
    IFT101
    S メータ = 最大 IF 調整
    IF
    IFT301
    IFT302
    IFT303
    IFT304
    IFT305
    IFT306
    14 83MHz
    90dB
    mono 1kHz
    IF
    IFT308
    IF
    T2〜T3 間 = 0±20mV
    同調点調整
    15 DET
    DVR1
    DET
    TP401〜GND 間 = 0±5mV
    PBLD 検波 NULL 調整
    16 APC
    VR201
    [LOCK IN] = 点灯 APC 機能回復
    [LOCK IN] が点灯するまで
    VR201 を時計回りに回す
    17 83MHz
    90dB
    stereo 1kHz L+R
    MPX
    MVR1
    下の [VCO 調整手順] を参照 VCO 調整
    18 FE
    IFT101
    オーディオ出力 = 高調波歪最小 stereo 高調波歪補正
    IF
    IFT301
    IFT302
    IFT303
    IFT304
    IFT305
    IFT306
    19 MPX
    MVR6
    MVR7
    L ch. オーディオ出力 = 19kHz 成分最小 パイロットキャンセル調整
    20 MPX
    MVR4
    MVR5
    R ch. オーディオ出力 = 19kHz 成分最小
    21 83MHz 受信
    MONO : ON
    MPX
    MVR8
    MVR9
    オーディオ出力 = 19kHz 成分最小
    22 83MHz
    90dB
    stereo 1kHz R/L
    83MHz 受信
    MONO : OFF
    MPX
    MVR2
    L/R ch. オーディオ出力 = 最小 WIDE セパレーション調整
    23 83MHz
    90dB
    stereo 1kHz R/L
    83MHz 受信
    IF : NARROW
    MPX
    MVR3
    L/R ch. オーディオ出力 = 最小 NARROW セパレーション調整

  5. 調整結果

  6. その他



使ってみました

  1. デザイン

  2. 性能

  3. 音質



照明 LED 化など

  1. A さんよりの依頼

  2. 照明 LED 化



  3. 「音が出ない」現象

    1. A さんに現象発生時の状況を確認しました。

      • 例えば、81.3MHz の J-WAVEに同調した時、[S メータは10] [T メータはセンタ] [LOCK IN 点灯] [MULTIPATH メータは僅かに振れる] [STEREO 点灯] とここまでは正常ですが、PEAK LEVEL メータは全く振れず、音が出ません。

      • [MUTING] スイッチを OFF にしても現象は変わらない。

      • [IF] スイッチで WIDE/NARROW 切換操作はしたか覚えていない。

      • 私のほうから依頼して [MPX 基板] の7〜14ピンを短絡してもらったが現象は変わらない。 電源ミューティングを殺す仮対策です。

    2. 依頼品が我が家に届き、不具合チェックしたのですが、全て正常です。 素晴らしい良音で聴けます。

      • 48時間通電してロングラン試験したのですが、「音が出ない」現象は再現しませんでした。

      • こうなると、ミューティング回路周りの論理解析をして推定原因を探るしかないです。

    3. ミューティング回路周りの論理解析

      • 以下の回路図は [DET 基板] に搭載されたミューティング回路です。 ミューティングリレーは [MPX 基板] に搭載されています。

      • A さんに聞いた現象発生時の状況より、10uF/16V のタンタルコンデンサが一時的に内部短絡したと結論しました。

        • このコンデンサは [LOCK IN] 前後に発生するポップノイズを抑える働き (ミューティング) をします。

        • このコンデンサの両端を実験的に短絡すると [S メータ] [T メータ] [STEREO ランプ] が正常なのに [音が出ない] という同一現象が確認できました。

      • なお、タンタルコンデンサには自己修復性質があって、放置すると直ってしまう場合があります。

        • おそらく、私のところに着いた時には直っていたのでしょう。 だから再現しない。

        • でも、タンタルコンデンサは劣化しているはずです。 またいつ内部短絡が発生するかわかりません。



    4. 補足

      • 本機でタンタルコンデンサはここの1本だけです。

      • タンタルコンデンサの短絡故障は非常に多く、現在ではほとんど使われません。 特に電源回路にはタンタルコンデンサは絶対に使えません。 電源から煙が出るか、タンタルコンデンサの爆発に至ります。

      • なぜタンタルコンデンサが使われていたかというと、ここには最大 100kHz の信号が印加され、設計者は周波数特性を考慮して採用したのだと思います。 電解コンデンサより僅かに周波数特性が良い。

      • でも、電解コンデンサでも 100kHz はギリギリ対応できます。

      • 右の 10uF で比較したグラフで見ると、電解コンデンサとタンタルコンデンサの ESR はそう変わりません。

      • 100kHz のポイントでは、電解コンデンサが ESR=9Ω に対し、タンタルコンデンサは ESR=1Ω です。

      • 本機で使われている箇所の回路から見ると、9Ωでも1Ωでも大差ないと言えます。

        • なぜなら、このコンデンサと直列に390Ωの抵抗が入っており、ESR と合わせて391Ωでも399Ωでも誤差の範囲です。

        • こう考えると、ここにタンタルコンデンサを使う必要性はそもそもないです。

    5. 修理方針決定

      • 論理的に辻褄が合うので、このタンタルコンデンサを電解コンデンサに交換します。

      • APC 回路に影響するので、APC ユニットの再調整も実施します。

    6. 対策

      • [DET 基板] の配線はワイヤラッピングで見栄えは良いのですが、部品交換にはワイヤラッピングを全て外す必要があって、メンテナンス性が悪いです。

      • このため、タンタルコンデンサのリードを残して除去し、小型電解コンデンサ 10uF/16V をこのリードにハンダ付けしました。

      • APC ユニットの再調整も実施しました。

        • [LOCK IN] ランプ点灯タイミングを、同調操作に対してほぼ対称に調整できました。

        • 周波数を [低いほうから高いほうへ] [高いほうから低いほうへ] いずれの操作でも [LOCK IN] ランプが点灯します。

    7. お断り

      • 現象を確認しての対策ではないので、100% 大丈夫とは言い切れません。

      • ともかく再現しないので、推定修理でしかないです。

      • でも、辻褄は合うので直った確率は高いと思っています。

  4. 記録写真

     



仕様